困っている子に直接手を入れなくても、その子を助けられる場面があります。声のかけ先を、困っている子本人ではなく、周りの余力のある子に変える方法です。前回までは、他の子の姿を見て学ぶ経路を扱ってきましたが、今回はまったく別の角度から入ります。環境そのものの刺激量を変える、という考え方です。4日間連続投稿の最終日です。

現場の場面
困っている子に「静かにしてね」と繰り返すほど、かえって落ち着かなくなっていく場面は、これまでにも扱ってきました。声をかければかけるほど、その子自身の負担が増えていくためです。ここで少し視点を変えてみます。困っている子本人にではなく、その子の周りにいる、指示が通りやすい余力のある子に、先に声をかけたらどうなるでしょうか。
「〇〇さん、席についてくれてありがとう」。その一言で、余力のある子はすっと動きます。教室の中の物音や動きが少し減ります。困っている子は、何も言われていません。指示に反応する必要もありません。それでも、周りの刺激が下がった分だけ、その子の負担も静かに下がっています。教師が直接手を入れなくても、教室の環境そのものが変わったことで、間接的に助けている状態です。困っている子からすれば、何も指示されていないのに周りが少し静かになった、というだけの変化です。
構造の解説
困っている子に直接「静かにして」と指示すると、その指示自体を処理するために認知資源を使います。すでに余裕がない状態では、この処理そのものがさらに負担を増やし、かえって指示に従いにくくなることがあります。以前扱った場面と同じ前提です。
ここで使えるのが、先行子操作という考え方です。行動は、その直前に何があったか(先行子)と、その直後に何が起きたか(結果)の組み合わせによって変化します。困っている子への直接の声かけを減らし、代わりに余力のある子へ指示を出す方法は、この先行子側を変える工夫にあたります。
余力のある子は指示に従いやすいため、その子が動くだけで、教室の騒がしさや落ち着かない動きといった刺激そのものが減ります。同じ指示でも、誰に向けるかによって行動が変わるまでの速さが違います。この非対称性は「『静かにして』は、誰へのお願いか」で扱った通りです。困っている子は、指示に反応する作業を求められないまま、周りの刺激だけが静かに下がった環境に置かれることになります。認知資源を指示対応に使わずに済む分、その分を学習そのものに残しておける、と考えられます。同じ結果を目指していても、働きかける相手を変えるだけで、届き方はまったく違うものになります。
これは前回扱った代理強化・観察学習とは異なる機序です。前回は「他者が認められる場面を見て、自分も同じ行動を取ろうとする」という、見て学ぶ働きに基づいていました。今回扱うのは、環境そのものの刺激量を変える、まったく別の経路です。根拠となる理論が異なるため、この2つは統合せず、それぞれ独立した技術として扱います。

エビデンス
先行子操作・三項随伴性という枠組み自体は、行動分析学の中で確立されており、証拠水準としては高〜中に位置づけられます。行動の直前の環境を変えることで、その行動そのものが起きやすくも起きにくくもなることは、繰り返し確認されてきました。
一方で「余力のある子に指示を向けることで、困っている子の負担が下がる」という具体的な手段に絞った効果は、教室場面での直接検証がなく、未検証のままです。理論的な裏付けはありますが、この使い方そのものは仮説の段階として読んでください。効果の大きさや、どんな学級構成でも成り立つのかは、まだ分かっていません。教室の広さ、席の配置、学級の人数によっても、届き方は変わってくるはずです。

留保
これは、困っている子への個別の支援を代替する技法ではありません。あくまで、環境側の負荷を減らすための、一つの手段です。余力のある子への指示も、その子にとって無理のない範囲にとどめる必要があります。特定の子ばかりに声をかけ続けることのないよう、声のかけ先は日によって変えていく配慮も必要です。
教えて考えさせる授業との対比
教えて考えさせる授業(OKJ)は、説明の仕方、手本の見せ方、課題の切り出し方のすべてが、先行子側を調整する手段になっています。今回扱った、余力のある子への指示も、その実装の一つとして位置づけられます。
問題解決型学習のように、教師の介入そのものを最小限にする設計では、この種の先行子操作を意図的に組み込む余地も、相対的に小さくなります。誰にいつ声をかけるかの裁量そのものが、授業形式によって制約を受けているとも言えます。
まとめ
見て学ぶ働きかけと、環境そのものを変える働きかけ。今回までの4日間で、この2つの系統の技術を見てきました。どれも、困っている子に直接言葉を重ねる以外の道があることを示しています。声のかけ先を変える、認める瞬間を見つける、環境の刺激を下げる。手立ては一つではありません。

次回予告
今回で4日間の連続投稿は一区切りです。学級を立て直す場面で、まずどこから手をつけるか、という問いから始まり、見て学ぶ経路と環境を変える経路の両方を扱ってきました。次回からは、また別のテーマを扱います。
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