同じ行動でも、起きる前と後にどう手を打つかで、頻度は大きく変わります。前回(なぜ『注意』だけでは行動が変わらないのか)、感情的に高ぶった瞬間の注意はその瞬間には機能しにくいという話をしました。今回は、その瞬間を迎える前と後に何を仕掛けるかという視点で整理します。結論から言えば、教室でできることの多くは「前」に集中しています。そしてそれには理由があります。

現場の場面
算数の時間、同じ子が同じタイミングで席を立ちます。毎回その場で注意し、時には個別に呼んで話をします。その場では「はい」と頷き、翌日にはまた同じ場面で同じ行動が起きる。注意の内容を変えても、伝え方を工夫しても変わらないとき、多くの教師は「この子には響いていない」「自分の伝え方が足りない」と受け止めます。
しかし行動分析の視点で見ると、そこで見るべきは注意の質そのものではありません。同じ「立ち歩き」でも、行動が起きる直前に何があり、直後に何が得られるかによって、頻度は大きく変わります。そして「同じタイミングで起きる」という事実自体が、その行動に引き金があることを示しています。
構造の解説
応用行動分析(ABA)では、行動を「先行子(きっかけ)→行動→結果」という三つの枠組みで捉えます。行動が起きるかどうかは、行動そのものへの働きかけ、つまり注意だけでなく、その直前にある先行子と、直後に得られる結果によって左右されます。先行子操作とは、行動が起きる前の条件を変えることで、望ましくない行動そのものを起きにくくするアプローチです。

「しないで」ではなく「何をするといいか」を先に伝える
問題行動が起きそうな場面の前に、「〜しないでね」ではなく「こうするといいよ」と望ましい行動を先に伝えておく。これはプリコレクションと呼ばれる技法です。起きてから修正するのではなく、起きる前に望ましい行動の側を先に提示しておくという発想です。
困ったときの行動を、先に教えておく
多くの問題行動は、課題への嫌悪感からの逃避として説明できます。分からない、進まない、その状態が苦しいから、その場を離れる行動が起きる。ここで重要なのは、自分が今困っているということ自体を自覚できない子どもがいるということです。困っていると自覚できなければ、助けを求めることもできません。
そこで、「分からなくなったら手を挙げる」ではなく「鉛筆が止まったら手を挙げる」というように、外から見て分かる基準で伝えておく。そして手が挙がったら、すぐに行けなくても「すぐ行くから少し待っていてね」と応じる。これは機能的コミュニケーション訓練(FCT)と呼ばれ、問題行動と同じ機能、つまりこの場合は「苦しい状況から抜け出す」という機能を果たす別の行動を教えるという考え方です。問題行動を止めるのではなく、同じ目的を果たす別の手段を用意することで、問題行動を選ぶ必要がなくなります。
引き金が効きやすくなる条件を下げる
行動分析には、確立操作という考え方があります。同じ先行子でも、その効きやすさを変える背景条件があるという意味です。教室で調整できるものとして、室温があります。暑い教室では、同じ課題でも嫌悪感が増しやすくなります。エアコンを使い、少し涼しいと感じるくらいの室温に保つことは、それ自体が先行子操作の一部だと考えられます。
室温と学習課題の遂行成績の関係については研究がありますが、「室温を下げれば問題行動が減る」という直接の因果を検証したものは確認できていません。ここは論理的な推論の域を出ません。
他の児童の言動も、先行子になる
先行子は、教師が用意する環境調整だけに限りません。周囲がざわついている、特定の子がからかうような発言をする、こうした状況が引き金になっている場合、学級全体が落ち着くことで、その引き金への曝露自体が減ります。対象の子ども本人への働きかけがすぐに結果として見えなくても、周囲が安定していくことが、時間をかけてその子にも良い影響として波及していくと考えられます。
ただし、これは個別の支援が不要になるという意味ではありません。学級全体への働きかけと、その子個人への働きかけは、どちらか一方で足りるものではなく、並行して進めるべきものです。
では「後」に何ができるのか
ここまで先行子の話が続きました。結果側、つまり行動が起きた後の対応が弱いように見えるかもしれません。しかしこれは、後の対応が理論的に弱いからではありません。行動分析では結果側の研究の方がむしろ蓄積が厚い領域です。問題は、それを機能させる条件が教室では揃いにくいことにあります。
結果側の操作が働くには、即時性・一貫性・強化子の統制という条件が要ります。ところが教室で問題行動を維持している最大の強化子は、多くの場合、周囲の子どもたちの注目です。教師にはこれを止める権限がありません。30人を担任一人で見ながら、特定の行動にだけ即時かつ一貫して対応することも、物理的に困難です。つまり後の対応は、理論が弱いのではなく、実行条件が構造的に揃わないのです。
その中で確実に実行できる「後」があります。それは、問題行動が起きた後ではなく、代替行動が出たときの対応です。鉛筆が止まって手が挙がった、その瞬間に確実に応じる。この一貫性だけは、担任の裁量で保てます。望ましい行動が起きたときにだけ確実に応じるというやり方は、分化強化と呼ばれ、確立した手続きです。逆に言えば、代替行動を教えても、それが出たときに応じられなければ、その行動は消えていきます。
一方で、問題行動が起きた後に本人の気持ちを受け止めて言語化させるという対応には、注意が必要です。感情を客観視できるようになること自体には意味がありますが、それが問題行動の直後に手厚い関わりとして与えられると、注目が強化子として働き、行動を増やしてしまう可能性があります。落ち着いた別の場面で行うのと、行動の直後に行うのとでは、意味が変わってきます。
エビデンス
行動を「先行子・行動・結果」の三つ組みで捉える枠組み、機能的コミュニケーション訓練、分化強化は、いずれも応用行動分析の中で確立した知見です。プリコレクションは学級規模の行動支援の文脈で効果が報告されていますが、上記ほど大規模な蓄積があるわけではありません。
一方、室温調整が問題行動を減らすという因果、学級全体への働きかけが対象の子ども個人に波及するという因果については、直接検証した研究を確認できていません。これらは確立した枠組みからの論理的な推論です。

留保
先行子操作という枠組み自体は確立していますが、本記事で挙げた個別の工夫が教室でどの程度効果を持つかは、個別に検証されたものではありません。また、これは注意が不要という話ではなく、前後の工夫によって注意の必要性そのものを減らすという話です。うまくいかないことを、個々の教師の指導力の問題として捉える必要はありません。
「教えて考えさせる」との対比
先行子操作という視点で授業方法を見ると、問題解決型学習と教えて考えさせる授業の違いがはっきりします。
問題解決型学習は、支援がない状態で最も難しい課題を最初に提示します。これは、嫌悪刺激の統制を授業の冒頭で手放していることになります。分からない状態が最初に来て、そこから抜け出す手段が用意されていなければ、逃避としての問題行動が起きやすくなるのは自然なことです。
対して教えて考えさせる授業は、説明・モデリング・課題の切り出し・情報のまとまりの調整といった手立てを、すべて授業の前半に置きます。「立体の体積を求める式を立てるところまでできればいい」というように、課題のどこまでを扱うかを教師が切り出せる。この難易度の調整のしやすさが、そのまま嫌悪感の統制につながります。
つまり教えて考えさせる授業は、授業方法であると同時に、先行子操作の体系として読むことができます。これは新しい主張ではなく、既にある構造の言い換えですが、学級経営と授業設計が別物ではないことを示す視点だと考えられます。
まとめ
問題行動は、その瞬間の注意ではなく、起きる前後の設計で変わります。教室で確実に動かせるのは主に「前」であり、「後」で確実にできるのは、代替行動が出たときに応じることです。

次回予告
今回は先行子を主に環境側の工夫として見てきました。次回は、先行子を子ども自身の反応の仕方そのものに向けるアプローチを取り上げます。小さな選択の経験を積み重ね、自己コントロールの力そのものを育てていく視点です。
なお、環境を整えるだけでは子ども自身の成長ではないのではないか、という見方もあります。しかし環境調整と自己決定の機会は対立するものではなく、両輪です。落ち着いた環境の中でこそ、小さな自己決定を安全に積み重ねることができ、それが成功体験として自己効力感につながっていきます。この点は次回詳しく扱います。
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