「YouTuberの勉強動画のほうが学校の先生よりわかりやすい」——X上でこうした声が話題になりました。これ自体は的外れではありません。ただしYouTubeの動画と学校の授業は、そもそも狙っているものが違います。動画は「理解させること」だけがゴールですが、授業はそこに「考えさせること」も重ねています。純粋な分かりやすさだけで比べれば、授業が見劣りするのは当然とも言えます。ではなぜ、考えさせようとすると分かりにくくなるのか。その構造を見ていきます。

構造の解説
PBLが考える力を育てようとするとき、そこには一つの前提があります。すぐに答えが分かってしまえば、それ以上深く考える必要がなくなるという前提です。だからこそPBLは、答えに至る手前に、あえて一定の負荷——わからなさ——を残しておく設計を取ります。つまり、教師が分かりやすい説明をすることを、PBLはそもそも求めていません。分かりやすく説明してしまえば負荷は消え、PBLの理論からすれば「考えさせる課題」として成立しなくなるからです。この負荷はPBLが自ら掲げる理論的な立場であり、誰かが特定の層のためにこっそり仕込んでいるものではありません。
PBLはこの負荷をさらに高める装置として「話し合い」を選びます。教師が一人で説明し、それを聞けば分かる設計ではありません。わからなさを残したまま子ども同士のやり取りに委ねる話し合いは、一人の説明を聞くよりも認知的な負荷の高いプロセスです(D3「ワーキングメモリ過負荷とインクルーシブの矛盾」)。つまりPBLの負荷は、「わからなさを残す」一段目の上に「負荷の高い話し合いを使う」二段目が積み重なる構造になっています。
ここでチクセントミハイのフロー理論を補助線に使います。課題の難易度と本人のスキルが釣り合ったときに人は没入し、難易度がスキルを上回ると不安、下回ると退屈が生まれるという理論です(この理論自体は確立したものですが、学級の難易度設定への当てはめが検証されたわけではなく、あくまで比喩として使います)。PBLが設計する負荷は、学級全体に対して単一の水準でしか用意できません。同じ話し合いでも、下位層の子には手のつけようがない不安を、上位層の子にはあっという間に片づく退屈を生みます。難易度を上げても下げても板挟みが起きるのはこのためで、その日の発問が悪かったから起きるのではありません。能力差のある集団全員に、同時に一つの負荷水準を割り当てるという設計そのものが、発問の工夫でも個人の努力でも動かせない制約だからです。
大事なのは、この設計を作った誰かが上位層のために意図的に狭くしたわけではない点です。ある一定の層にしか機能しない設計を、学級全体に一律で適用せざるを得ない。これがPBLのわかりにくさの構造的な必然です。

エビデンス
この構造が個人差の中でどう現れるかは、既に個別の観点で扱ってきました。できる子の解き方を見せても、見えているのは表面の動作だけで、裏側の無意識の処理は見えないため、模倣だけでは届きません(D5「モデリングの罠」)。学級全体の難易度の基準点自体も、学級ごとに揺れ動く相対的なものだとも考えられます(B2「IQ70設計」)。苦労が力になるには既習知識・フィードバック・試行間隔の3条件が必要です。一斉の話し合いでは、この条件が揃わないまま負荷だけが生じています(E7「望ましい困難」)。完成した図解をあらかじめ見せることが構造的にやりにくいという点も、同じ根から生じている可能性があります(F7「認知的負荷の設計段階から実行段階への移転」現れ④・仮説の段階です)。
なお、理解の確認と応用力の育成では要求される難易度の種類が違うという視点(F8・F9「近転移と遠転移」)は、単一難易度の板挟みの論証そのものというより、この構造を別角度から補強するものです。詳しくは各記事をご覧ください。

留保
フロー理論を難易度設定の説明に使っていますが、これは比喩的な接続であり、教育心理学の実証研究として学級への適用が検証されたものではありません。「フローが起きる」と断定的に読める書き方は避けています。
「教えて考えさせる」との対比
PBLは「わからせないことで考えさせる」設計です。答えに到達する前の試行錯誤そのものに価値を置くため、難易度を個別に調整する自由度が構造的に狭くなります。一方、教えて考えさせる授業(OKJ)は「わかった上で、それをどう使うかで考えさせる」設計です。まず全員が理解できる水準まで教師が説明し、その後の類題・発展課題で難易度を分けます。理解の土台を先に揃えるからこそ、その先の難易度調整に自由度が生まれます。ただしOKJも、理解確認の水準設定を誤れば同じ板挟みを持ち込みうる点は、対称に見ておく必要があります。
まとめ
PBLのわかりにくさは、誰かの手抜きでも指導力不足でもなく、単一難易度を集団に課す設計そのものが生む構造的な帰結だと考えられます。

次回予告・関連記事
D5「モデリングの罠」もあわせてご覧ください。D3・D4・B2・E7・F7・F8・F9についても、今後の記事化で詳しく扱っていきます。

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