前回のRS1「学級経営は性格ではなく戦略である」では、訓練で獲得された行動が観察者からは性格や人柄に誤って帰属される仕組み(対応バイアス)を扱い、「なぜ再現可能なのか」を論じた。本記事が扱うのは、その先にある問いである。移転できる技術だとして、具体的に何を対象にするのか。
「良い行動を認めましょう」という助言は現場でよく耳にする。しかし、そもそもどの行動を選ぶのかは、誰も教えてくれない。目についた行動を認めるだけなら、それは無設計な運用と変わらない。
■ 結論 ― 選ぶべきは「見過ごされている行動」
結論から言う。選ぶべきは、できて当然とされているのに、普段は見過ごされている行動である。
・話を聞く
・活動を切り替える
・姿勢を保つ
・指示を最後まで聞く
こうした行動は、できていても特に言及されることはまずない。できて当たり前だとされているからである。一方で、できなければ叱責の対象になる。評価が非対称なこの領域こそが、認める対象として空いている。
■ この設計を「戦略的フィードバック」と呼ぶ

この選択と認め方を、意図的に設計する営みを「戦略的フィードバック」と呼ぶ。フィードバックを結果の通知としてではなく、次の4つの機能を持つ道具として使うことを指す。
①行動を引き出す(プロンプト)
②行動を継続させる(強化)
③何が起きているかを本人に気づかせる(ラベリング)
④到達水準を段階的に引き上げる(基準の引き上げ)
「認めるのが上手い」と評される教師の行動は、この4機能を無自覚に運用している状態にすぎない。自覚的に設計すれば、誰でも運用できる。
ここからは、この結論を支える根拠と、実際の運用方法を順に見ていく。
■ 根拠① ― 「見過ごされている」は観察データで確認されている

まず、この選択基準は完全な印象論ではない。教師の称賛については、自然な状態での実施頻度を調べた観察研究のレビューがある。そこでは、どの行動が良かったかを具体的に示す称賛(behavior-specific praise)よりも、内容を伴わない一般的な称賛のほうが多く使われる傾向が報告されている(Drake & Nelson, 2021)。
ただし、このレビューの結論を「教師は称賛をしていない」と読むのは正確ではない。同レビューは、称賛の頻度そのものは研究間のばらつきが非常に大きく、称賛と叱責のどちらが多いかについても一貫した結論が出ていないことを報告している。つまり確実に言えるのは「行動特定型の称賛は、一般的な称賛に比べて相対的に少ない」という限定された範囲にとどまる。加えて、これらは主に米国の教室を対象にした観察研究であり、日本の教室での実施頻度は検証されていない。
そしてもう一段、切り分けが必要になる。「具体的に行動を示して認める機会が相対的に少ない」ことと、「だからそこを選ぶべきだ」ということは、別の主張である。前者が事実だとしても、そこを狙うのが最適だと直接導くことはできない。他にもっと有効な基準がある可能性は、この調査だけでは排除できない。後者は検証されていない。本記事では仮説として提示する。
■ 根拠② ― その行動は、学力と地続きである
では、なぜこの領域が有効な対象になり得るのか。これらの行動の多くは、実行機能や自己制御の発露だからである。
就学前後の実行機能・自己制御が、その後の学業達成を縦断的に予測することは、複数の研究で確認されている。就学前の実行機能の高さは、算数と読解の両方で早期の優位性を生み、それは学校生活の最初の3年間持続する(Bull et al., 2008)。さらに、就学前の算数能力が低くても実行機能が高かった子どもが、5年生の時点で、当初先行していた同級生の水準に近づいたことを示した研究もある(Ribner et al., 2017)。これは因果の向きを支持する数少ない証拠になっている。
したがって、規律の徹底と学力の向上は、別々の目的ではない。同じものの、別の側面である。「学習規律を整える時間があるなら、その分学力を伸ばす指導に使うべきだ」という発想は、両者を対立するリソース配分の問題として捉えている点で、前提そのものがずれている。
■ 運用① ― 完了ではなく、企図を認める
選ぶべき行動が定まったら、次は認め方である。ここで重視すべきは、できたことではなく、しようとしていることである。行動分析でいうシェイピング(successive approximationsの強化)に相当する。完了を条件にすると、まだ到達していない子は、強化の機会を永久に得られない。
シェイピングは本来、今出せている近似値を強化しながら、基準を段階的に上げていく手続きである。企図を認めることと基準を上げることは、切り離せない。1分間話を聞くことができない子には、30秒聞けた時点で認め、そこから基準を少しずつ引き上げていく。

なお、学級全体のフェーズが移行する際の基準の引き上げは、次回の記事(RS3)で扱う。ここで扱うのは、一つひとつの行動連鎖の中での引き上げである。
■ 運用② ― 認める場面を、誰に見せるか
認める場面は、他の子どもが観察できる状況で行うと効果が高まる。代理強化と呼ばれる仕組みである。ある子どもが認められる様子を見た別の子どもが、自分も同じ行動を取れば同じように認められると学習し、直接自分が認められていなくても行動を修正することがある。
この場合、行動を修正した子どもにも、後から改めて認める声かけを行うことが重要になる。見ていただけで終わらせず、その変化そのものにも言及するという手続きである。この後追いの声かけが機能しているという報告は現場に多いが、統制された検証によるものではない。
基準そのものは一貫している。見えにくい積み上げを可視化するという原理は変わらない。変わるのは、その対象がどこにあるかという分布である。時期によって対象がどう移動していくかについては、次回の記事で扱う。
■ この基準が機能しない条件
最後に、必須の留保を述べておく。ここまでの選択基準は、教師の称賛が強化子として機能することを前提にしている。この前提は、常に成立するわけではない。称賛の種類と子どもの状態が噛み合わなければ、同じ声かけでも機能したりしなかったりする。
どのような条件でこの前提が崩れるかについては、別記事(「約束させる指導はなぜ失敗するのか」)で扱っている。本記事の選択基準を運用する前に、その前提条件も併せて確認してほしい。
■ まとめ
「良い行動を認めましょう」という助言が、しばしば空虚に響くのは、選択基準がこれまで言語化されてこなかったからである。何を選ぶか、どう認めるか、誰の前で行うか。この三つが揃って初めて、認める行為は運頼みの実践から、再現可能な設計へと変わる。
戦略的フィードバックとは、この選択と認め方を意図的に設計する営みを指す。性格ではなく戦略だという前回の主張は、この一語によって、初めて実行可能な形になる。

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