クラスの中には、いつも落ち着いて話を聞ける子、行ったり来たりする子、指示がなかなか入らない子がいます。学級開きや立て直しの場面で、あなたはまずどこから手をつけますか。答えの一つは、指示が入りにくい子ではなく、真ん中にいる子どもたちかもしれません。今回は、なぜそこが起点になりうるのかを整理します。

現場の場面
「静かに話を聞く」「困ったら手を挙げる」といった行動規範を教えるとき、教師はつい、一番落ち着いて取り組めている子を例に挙げたくなります。「〇〇さんを見てごらん」。手本としては申し分ないはずですが、指示が入りにくい子の反応は薄いことがあります。
一方、隣の席の、少し前まで自分と同じように苦戦していた子が、だんだんできるようになっていく。その過程が見えているときの方が、ふと目の動きが変わることがあります。完成された手本ではなく、変わっていく途中の姿の方が、なぜか届いているように見える瞬間です。この違いは、偶然ではなく理屈で説明できます。
構造の解説
Banduraの自己効力感理論は、他者の行動を見て自分にもできそうだと感じる過程(代理的経験・観察学習)を説明する枠組みです。この理論の系譜にあるSchunk(1987)は、子どものピアモデリングを整理し、モデルの性質によって効果が変わることを示しました。
特に重要なのが、コーピングモデルとマスタリーモデルの区別です。分数の学習を対象にした実験では、最初からすらすら解いてみせるモデル(マスタリーモデル)より、はじめはつまずきながら少しずつ解けるようになっていくモデル(コーピングモデル)を観察した子どもの方が、自己効力感も技能も高くなりました。しかもこの効果は、それまで学習でつまずいた経験が多く、自分の力に自信を持てずにいる子どもにおいて特に大きいことが示されています。
ここから、教室の三層構造を読み直すことができます。いつも落ち着いている上位層の子どもは、多くの場合すでにできてしまっているため、乗り越えていく過程そのものが外から見えません。見習うべき手順が観察できないのです。対して中間層の子どもは、うまくいく日とそうでない日があり、少しずつできるようになっていく過程が周囲から見えます。指示が入りにくい子から見れば、これは「自分と同じところから始めて、変わっていった人」の姿です。だからこそ、学級を立て直す際にまず目を向ける先は、真ん中の子どもたちなのではないか、という見方が成り立ちます。
ただし注意が必要です。Schunk自身は、モデルとの属性の類似性が自動的にモデリングを強化するわけではないと明記しています。似た立場の子を見せさえすればよい、という話ではありません。効いているのは学力層の近さそのものではなく、苦戦しながら乗り越える過程が見えていることの方だと考えられます。

混同しやすい二つの話
ここで扱っているのは、静かにする、話を聞く姿勢といった、外から観察できる行動規範です。解法の裏にある無意識の多段階処理のような、観察できない思考過程の模倣は、これとは別の話になります(詳しくは「モデリングの罠」で扱っています)。
また、「他者との差に気づく」ことと、ここで扱う「他者のやり方を見て学ぶ」ことも、似ているようで別の経路です。差に気づくだけでは自分の不足を正確に捉えられないことが分かっていますが、モデルからやり方を学ぶ観察学習は、より確立した経路です。
エビデンス
コーピングモデルの方がマスタリーモデルより自己効力感を高めやすいことは、Schunk(1987)およびSchunkらの一連の実験で確認されており、証拠水準としては中〜高に位置づけられます。関連する知見として、複数のモデルに触れさせた方が、子どもがそのうち誰かに自分との近さを感じる可能性が高まることも指摘されています。
一方で「教室において中間層を優先的な起点にすべきか」という優先順位づけの妥当性は、この理論から論理的に導いた応用にとどまり、教室場面での直接検証はまだありません。理論と、そこから導いた実践上の判断とは、切り分けて扱う必要があります。ここは仮説の段階にとどまるものとして読んでください。

留保
「中間層を優先的な起点にすべき」という優先順位づけは未検証です。また、周囲の子どもの影響は必ずしも良い方向にだけ働くとは限らず、集団への働きかけがかえって逆効果になる場合があるという指摘(peer contagion=望ましくない行動の方が周囲に広がってしまう現象)も存在します。この見方を唯一の正解のように断定することは避けます。
教えて考えさせる授業との対比
授業中に誰の考えを全体に取り上げるかという選択は、どの授業形式でも発生します。すでに正しく解けている子の説明をそのまま模範として共有するだけでは、つまずいている子どもに届きにくい場面があるはずです。むしろ、途中まで迷いながら考え直した子どもの過程を拾い上げる方が、機能しやすい可能性があります。
これは教えて考えさせる授業(OKJ)にも同じように当てはまります。OKJは説明を先に与える分、模範を示す場面が多い形式であり、その模範が完成された手本ばかりになっていないかは、OKJ自身にも問われる論点です。
まとめ
手本は「正しさ」だけでなく「過程が見えるか」でも選ぶ必要があります。学級を立て直すとき、まず目を向ける先は、真ん中の子どもたちかもしれません。

次回予告
中間層がなぜモデルとして機能しやすいかは、今回で見えてきました。では、その中間層に届く手本は、中間層の中にしかないのでしょうか。明日は、いつもできる子に訪れる「うまくいかない瞬間」が、中間層にどう働きうるかを扱います(4日間連続投稿の2日目・未公開のため今回はリンクを張りません)。
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