子どもが授業の終わりまで分からないままだったとき、それは誰の責任なのでしょうか。教師の説明が届かなかったのか、それとも子どもが自分の力で考えなかったからなのか。問題解決型学習は、実はこの問いにはっきり答えられない構造を抱えています。責任の所在があいまいなままだと何が起きるのか、そしてそれが教師の専門性の育ち方にどう関わるのかを見ていきます。

現場の場面
算数の授業。ある児童が、友達との話し合いの時間が終わっても、まだ式の意味をつかめていません。教師はそれに気づいていますが、話し合いの成果を尊重したい気持ちもあり、その場では踏み込んだ介入をしません。授業が終わっても、その児童の表情は浮かないままです。放課後、その児童だけを個別に呼び、改めて一から説明をやり直します。図をかき直し、前時の内容まで戻って確認し、ようやく納得した様子で児童は教室を後にします。翌日の職員室で、隣の学年の教師と「あの子、まだ分かってなかったみたいで」という短い会話が交わされますが、話はそこで終わります。授業のどの部分に、誰の責任で埋めるべき隙間があったのかは、記録にも会話にも残りません。
構造の解説
学習の責任が教師から児童へと移っていく考え方を、責任移行モデルと呼びます。単元や授業の最初、教師は説明や手本という形で責任のほぼ全面を負います。そこから活動が進むにつれてその比重は少しずつ減っていき、最終的には児童が自分の力だけで解ける状態まで責任が移り切ることが目指されます。このモデルが機能するには、今の時点で誰がどれだけの責任を持つのかが、区切りとしてはっきりしていることが前提になります。
教えて考えさせる授業では、この区切りが明確です。授業の前半、教師の責任は分かりやすく説明することにあります。児童の責任は、その説明を聞いて理解することにあります。そして直後の理解確認の場面で、多くの児童が理解できていなければ、それは児童の努力不足ではなく説明や導線に不具合があったと考えることができます。理解確認までの区間は、原則として教師の責任として設計上引き受けられる構造になっています。
一方、問題解決型学習では、この区切りがあいまいになります。建前としては、児童自身が考え、自分の力で気づくことに責任があるとされています。しかし実際には、話し合いだけでは理解に至らなかった児童に対して、教師が事後的にフォローを入れて穴を埋めているのが実態です。

このとき、児童が最初に自分の力で考えなかったことへの帰責と、教師の授業設計がその子に届いていなかったことへの帰責が、切り分けられないまま混ざり合います。自己責任を掲げながら、実際には教師の事後フォローに依存し続ける二重基準が、ここに生まれています。建前と運用がずれている以上、どちらの責任として振り返るべきなのかを、誰も判断できないままになります。
エビデンス

責任を段階的に移していく考え方自体は、Pearson & Gallagher(1983)の責任移行モデルとして教育学に確立しています(証拠水準:高。もともと読解指導の領域で示された枠組みですが、その後、教科を横断して広く参照されています)。
責任の所在の明確さは、教師自身の専門性の育ち方にも関わります。Shulman(1986)が提唱したPCK(教科内容の専門的知識。特定の内容を児童がどうつまずきやすいかについての知識)は、教育学で確立した構成概念です(証拠水準:高)。説明が悪かったと引き受ける前提があれば、教師は自然と、この内容はどう理解されにくいか、この子は今どこでつまずいているかを突き詰めざるを得なくなります。この過程そのものがPCKを鍛える機会になっていると考えられます(証拠水準:中)。
留保
本記事の主張は中・最重要の水準にとどまります。責任の所在の明確さがPCKの発達を促進するとの関係は、確立した複数の知見を束ねた理論的な整理であり、この関係を直接検証した研究があるわけではありません。断定的な因果としてではなく、一つの見立てとしてお読みください。
「教えて考えさせる」との対比
ここで一つ、公平を期すために立ち止まっておきます。理解確認の場面が設計上あるからといって、教えて考えさせる授業の教師が常に正しく説明できているとは限りません。結果を見て「説明に不具合があった」と引き受けられるかどうかは、教師自身の姿勢に委ねられており、そこまでが保証されているわけではありません。それでも、検証の場面が設計上組み込まれていることと、その場面自体がないことの間には、大きな違いがあります。前者には次に何を変えるかを考える起点がありますが、後者にはその起点そのものがありません。
まとめ

責任の所在があいまいなままでは、何を改善すべきかという対象すら特定できません。これは教師の仕事が構造的に抱えている二重基準でもあります。次回は、この曖昧さがなぜ選ばれ続けるのか、もう一段深い問いに踏み込みます。
次回予告・関連記事
責任移行モデルが機能しない背景には、教える技術の体系全体が問題解決型学習の設計に参照されていない、より大きな構造があります(教えることを最大の支援技術と位置づける核心の論点を扱う記事)。また、教える立場に立つこと自体が理解を深める対称性を扱う記事(protégé effectの教師版)は、本記事のPCKの議論と地続きです。いずれも近日公開予定のため、公開後にあらためて本文からリンクします。

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