方眼紙を配ると、子どもは線対称の図をすぐに正しくかけるようになります。正答率も悪くない。では、その子が見ているのは「対称の軸」でしょうか、それとも「マスの数」でしょうか。同じ正解でも、何を手がかりに解いたかは一人ひとり違うかもしれません。

現場の場面
線対称の単元。方眼紙に対称の軸を引き、対応する点を作図する課題を出します。多くの子が「右に3マス、上に2マス」と数えて、軸の反対側に点を打ち、正確な図を完成させます。テストの図形問題にも方眼が添えられていることが多く、そこでも同じやり方で得点できてしまいます。一見、線対称の学習は成功しているように見えます。つまずきが表面化しないまま、単元は終わります。
構造の解説
線対称の本質は、対応する点を結んだ線が対称の軸と垂直に交わること、そして対称の軸までの距離が両側で等しいことです。方眼紙があると、この関係を経由しなくても「マスを数える」という別の方略で正答にたどり着けます。答えは合っているのに、使っている手がかりが本質とずれているのです。
これは教材・補助具そのものが持つ性質だと考えられます。方眼紙、数直線、図示された手順カードなど、支援のための教材はどれも中立ではなく、特定の見方を誘発します。支援を設計するときに問うべきは「解けるようになったか」だけでなく「何を手がかりに解いたか」だという点です。
しかもマスを数える方略は、方眼が消えた瞬間に使えなくなります。斜めの軸への作図、方眼のない点対称、中学校の座標平面上の対称移動や図形の証明では、「垂直」と「距離が等しい」という関係そのものを使わなければ手が出ません。小学校で正答できていた子が数年後にここでつまずいても、原因が線対称の理解の浅さにあると気づくのは困難です。見かけの難易度と概念形成の順序は一致しないため、「方眼あり→方眼なし」という易から難に見える流れが、先に数える方略を強化してしまうことになりかねません。
同じ構造は他の単元でも起こり得ます。小数点をそろえる理由を知らないまま位をそろえる筆算、通分の理由を知らないまま分母だけを揃える操作、「く・も・わ」の図だけで解く割合。どれも特定の場面では正答を出せますが、その場面専用の手がかりに依存している点は共通していると考えられます。

エビデンス
Kaminski, Sloutsky & Heckler(2008, Science)は、具体的な事例を使った学習が、表面的な特徴に注意を奪われて関係構造の転移を妨げうることを示しました。ただしde Bockら(2011)の追試はこれに反論しており、比較対象の具体例の選び方に問題があったのではないかとしています。両論がぶつかったまま、この論点は決着していないと考えられます。なお、この研究が扱ったのは数学の抽象概念の転移であり、線対称と方眼紙そのものを直接調べたものではありません。線対称はあくまで、この構造を説明するための例示です。

留保
ここで批判しているのは「具体物や補助具そのもの」ではありません。方眼紙や図示教材が有害だという主張ではなく、次につながらない方略が強化されてしまう場合があるという指摘に留めています。マスを数える方略は方眼のない場面・点対称・中学図形へは転移しないため、そこで詰まりやすくなります。一方、公式の暗記や筆算の自動化は、後から意味と接続でき、かつ他の場面へも転移します。批判の対象は「意味理解が欠けていること」ではなく「次に繋がらない方略が強化されること」だという線引きです。
「教えて考えさせる」との対比
支援の量を増減させる軸だけでは、この問題は防げません。D6が指摘しているのはもう一つ別の軸、支援がどの方向を向いているかです。たとえば線対称なら、いきなり方眼で作図させる前に、図形を対称の軸で折って重ね、対応する点が重なることと軸までの距離が等しいことを先に体感させる。そのうえで方眼を、関係を確かめた後の作図補助として最後に使わせる。こうすれば、方眼は「数えるための道具」ではなく「すでに理解した関係を効率よく写す道具」になります。「教えて考えさせる」は本質を先に明示するぶん、子どもが何を見て解いたかを教師が把握しやすい設計にできる、という対比です。
まとめ
正答できることと、本質的な関係を使って解いていることは別です。教材が子どもの注意をどこに向けているかを、支援を選ぶたびに問い直す必要があると考えられます。

次回予告
次回は、技能と理解のどちらが先に来るのかを、言語習得の例から考えます。赤ちゃんは意味が分かってから「まま」と言うわけではありません。「技能が先、理解は後」という視点から、D6で見た教材の問題を裏側から照らし直します。
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