「理解しているのに解けない」は存在するのか

教育の“思い込み“をゼロから疑う

「ドリルが解けても、意味が分かっていなければ本当の学力ではない」——研究協議会や職員室で、よく聞く言葉です。技能があっても理解がなければ意味がない、だから理解を先に育てる問題解決型学習を選ぶべきだ、と。

もっともらしく聞こえます。ですが、この理屈が正しいなら、裏側の問いにも答えられるはずです。「理解はあるが、解けない(技能がない)」子は存在するのか。結論から言えば、原則として存在しません。「解けるが理解していない」と「理解しているが解けない」は、対称ではないのです。

「理解していれば大丈夫」という評価のされ方

「あの子は計算はできるけど、理解していないから危ない」——こう評価される子がいます。技能はあるのに理解が伴わない子は「危うい」と見なされる。ところが逆に、「話し合いで考えを言えているから大丈夫」とされる子の技能の遅れは、あまり問題にされません。

同じ「技能と理解のズレ」なのに、扱いが正反対です。しかも「理解している」と判断する根拠が、その子の発言やうなずきだけなら、それは本当に理解の証拠なのか。この非対称な扱いは、実のところ検証されていません。

二つの状態は、対称ではない

まず「解けるが理解していない」。これは実在します。九九は暗唱できるが、なぜそうなるかは説明できない。筆算は正確なのに、繰り上がりの意味は言えない。技能が先にあり、意味は後からつながる。学習の自然な順序でもあります(D2)。

問題は逆側です。「理解しているが解けない」——これは原則として存在しません。理由は、理解という言葉の意味そのものにあります。理解とは、その知識を使って正しく行動できる状態を指します。使えないなら、それは理解ではなく「理解したつもり」にすぎない。本当に理解していて、なお解けない、という状態は定義上ありえないのです。

だとすれば、教師側の理屈は片側しか見ていないことになります。「技能はあっても理解がなければ危うい」と言うなら、同じ基準で「理解しているが解けない」も疑わなければ筋が通りません。解けないなら、その子はまだ理解に届いていない。それだけのことです。

そして重要な帰結が出ます。理解は内部状態で、外からは見えません(N2)。見えるのは「解けたかどうか」だけ。理解できているかを確かめる方法は、解けるかを見る以外にありません。「分かった」という発言は、感想であって証明ではないのです。

制度自身が認めている

この非対称は、制度がすでに認めています。かつて学習指導要領の観点別評価では、「知識・理解」と「技能」が別の観点として並んでいました。しかし現行では、両者は「知識・技能」という一つの観点に統合されています。

別々に測れるなら、分ける意味があります。統合したということは、「理解しているかは、それを使える(技能)かどうかと切り離しては測れない」と制度が判断したということです。制度設計そのものが、「技能は理解の表れである」という立場に立っているのです。

認知科学からも同じ結論が出ます。限られたワーキングメモリのテスト場面で、意味をゼロから導き直すのは困難です。使える形で保持されていない知識は、その場では取り出せない。「解ける」とは、理解が使える形になっている状態を指します。

留保

念のため、はっきりさせておきます。これは「技能さえあれば理解は要らない」という主張ではありません。理解は重要です。言いたいのは、その理解が育っているかを外から確かめる手段が、解けるかどうかを見ること以外にない、という評価・検証の話です。目的(理解)と、その確認手段(技能)を取り違えないでください。

「教えて考えさせる」との対比

問題解決型は「まず理解、技能は後」という順序を前提にします。しかしここに見落としがあります。技能を身につける機会を十分に得られないまま次の単元へ進む子は、理解を得るチャンスそのものを失っているのではないか、という点です。

D2が示す通り、技能が先にあり、意味は後からつながります。だとすれば、技能を練習する場面がなければ、後から意味がつながる土台自体が育ちません。「今は理解を優先するから技能は後で」という設計は、理解を守っているつもりで、その理解が根づく地面を先に削っている可能性があります。

「教えて考えさせる授業」は、説明のあとに理解確認の問題を挟み、技能の定着をその場で確かめます。技能を先に確保することは、理解を後回しにすることではなく、理解が育つ順番を守ることなのです。

まとめ

「理解しているが解けない」は、原則として存在しない。だから、理解できているかは解けるかどうかでしか確かめられません。にもかかわらず、技能の機会を後回しにする設計は、理解が根づく地面そのものを子どもから削りかねない。技能があって理解がないことを恐れるなら、まず技能の機会を確保することこそが、筋の通った答えです。


次回予告:次回はD6「教材は中立ではない」。「解けるようになった」ことと「正しい手掛かりで解けるようになった」ことは別だ、という話に進みます。

関連記事:D2(技能が先、理解は後)/C0(ズレをいつ検出するか)/N2(思考は観察できない・問題で逆算する)

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