「この子、大きくなったらどうなるんだろう」。落ち着きのない子を見ていると、ふとそう心配になることがあります。ただ、衝動を抑える働きを担う脳の部分は、20代半ばまで時間をかけて育っていくとされています。「今できていない」は「一生できない」ではなく、「まだ育っている途中」だと考えられる根拠があります。

現場の場面
周りの様子より先に体が動いてしまう子がいます。話し合いの場面で順番を待てずに割り込む。注意されたその場ではしゅんとするのに、少し経つとまた同じことを繰り返す。本人に悪気がないことは、見ていれば分かります。学年が上がって周囲との差が目立つようになると、「このまま大きくなったらどうなるんだろう」と心配になることがあります。「性格だから仕方ない」と割り切るには不安が残る。かといって「指導が足りないせいだ」と自分を責めても、目の前の状況は変わりません。
構造の解説

構造①:抑える力は、まだ発達の途中にある(二重システムモデル)
自己制御の発達を説明する理論の一つに、二重システムモデル(dual systems model)があります。脳には大きく分けて2つの系があるとされます。一方は報酬・社会情動系(線条体・腹内側前頭前野を中心とする回路)、もう一方は抑制・熟考を担う認知制御系(外側前頭前野・頭頂葉などを中心とする回路)です。前者は思春期の入り口にかけて感受性が高まる一方、後者の成熟は20代半ばまでかかるとされています。つまり「抑える力」は、ある時点で完成するものではありません。児童期から青年期にかけて、長い時間をかけて育っていく途中の機能だと考えられます。
構造②:仲間がいる場面では、その差が表に出やすい
この発達速度のずれは、仲間が近くにいる社会的な場面で特に強く現れることも確認されています。友人に見られている状況で、思春期の参加者は報酬に関わる脳領域の活動が高まり、リスクの高い選択が増えるという実験結果があります。つまり、友人がいる場面では衝動的な行動が増えやすいことが考えられます。学年が上がり友人関係の比重が増すほど、この特性が表に出やすくなるだけであって、その子の性格が急に変わったわけではないと捉えることができます。
構造③:新しい方法・話し合いは、抑える力に余力を残さない
自分でやり方を考え、その新しいやり方をその場で定着させることまで求められる話し合い・討論は、ワーキングメモリの消費が大きい活動です。育っている途中の抑制系にとって、この負荷の上にさらに「人前で自分を抑える」ことまで同時に求められる場面は、相当にしんどい状態だと考えられます。課題そのものから逃げ出したくなることもあれば、仲間の視線を浴びる場面であること(構造②)が負荷をさらに押し上げることもあります。学習内容を考えることで手一杯になれば、行動を抑えるほうに回せる余力は残りません。
エビデンス

二重システムモデルの理論的枠組み自体は、報酬・社会情動系と認知制御系の発達速度が異なるという点で、複数の行動指標・脳画像研究に支持されており、証拠水準は高いといえます(Steinberg, 2010)。10歳から30歳までを対象にした調査では、衝動性は10歳以降ほぼ一貫して下がり続けることが示されています。仲間の存在によって報酬系の活動が高まるという知見も、複数の研究で報告されています(Chein et al., 2011)。一方で、この理論を教育場面(話し合い・討論)に適用する部分は、そこからの推論であり、証拠水準は中にとどまります。
留保
この理論には、脳の変化だけで行動を説明しようとしている、という批判があります。社会的な文脈や、その子がすでに身につけている対処のしかたの影響を軽視しているという指摘も存在します。
また、「抑える力が育っていく」というのは、あくまで集団としての一般的な傾向です。環境的な支援がなくても誰もが自然に落ち着いていく、と保証するものではありません。「いずれ育つのだから今は何もしなくてよい」という結論にはならない点に注意が必要です。
「教えて考えさせる」との対比
教えて考えさせる授業では、話し合いに入る前に、まず一人ひとりが自力で解いてみる段階を設けます。グループでの検討も「すでに一度考えたことの確認・比較」に絞られます。そのため、構造③で見たような負荷の高い場面そのものが起きにくい設計になっています。
抑える力が育っている途中の子にとっては、我慢を強いられる場面が減るだけでなく、ワーキングメモリの消費そのものが抑えられることにもつながると考えられます。
まとめ

「今できていない」は、その子の性格や将来を決定づけるものではありません。時間をかけて育っている途中の状態だと考えられます。今できていないことを嘆くより、今できることを積み重ねる。抑える力がまだ育っている途中だからこそ、その積み重ねが土台になります。
次回予告
次回は、抑える力が育っている途中の子にとって、話し合い型の学習がなぜワーキングメモリの面でも負担になりやすいのか、自己制御との関係をもう少し詳しく扱う予定です。
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