日本では今、
「人手不足だから外国人労働者が必要だ」
という言葉を、あらゆる場面で聞くようになりました。
現場がきつい。
人が足りないと感じる。
この感覚自体は、決して間違っていません。
しかし、ここで一度立ち止まって考える必要があります。
本当に足りないのは、人なのでしょうか。
労働力人口は「過去最多」

まず事実から確認します。
総務省の労働力調査によると、
日本の労働力人口(働く意思のある人の総数)は、近年過去最多水準に達しています。
少子高齢化が進んでいるにもかかわらず、
- 高齢者の就業
- 女性の社会進出
- 外国人労働者の増加
によって、
「働く人の数そのもの」は減っていません。
それでもなお、
社会のあちこちで「人手不足」が叫ばれている。
ここに、すでに大きなズレがあります。
「人手不足」という言葉の2つの意味

本来、人手不足には2種類あります。
1つ目は、
本当に人がいない人手不足。
人口が少ない地域や、
特定の専門職などがこれに当たります。
2つ目は、
条件が悪くて人が集まらない人手不足。
賃金が低い。
休みが少ない。
労働環境が厳しい。
この場合、
「人がいない」のではなく、
「条件に見合わないから応募が来ない」だけです。
現在の日本で多いのは、
圧倒的に後者です。
しかし、この2つを区別せず、
すべてを一括りにして
「人手不足」と呼んでしまう。
ここから、議論はズレ始めます。
なぜ「人がいない話」にすり替わるのか
条件が悪くて人が集まらないなら、
本来は条件を改善すればいい。
- 賃金を上げる
- 休みを増やす
- 労働環境を良くする
理屈は単純です。
それでも現実には、
「条件を上げる」という選択が取られない。
そこで出てくるのが、
「人がいないから仕方ない」という説明です。
そしてこの流れの中で、
外国人労働者の話が出てきます。
ここは、はっきりさせておく必要があります。
外国人労働者の受け入れは、原因ではありません。
条件を上げられない結果として、出てきている話です。
企業の問題に見えて、実は違う
よく聞く反論があります。
- 企業がケチだからだ
- 経営者の姿勢の問題だ
しかし、それだけでは説明できません。
なぜなら、
企業が賃金を上げられるかどうかは、
個々の経営判断だけで決まらないからです。
売れない。
値上げできない。
この状況で、
賃金だけを上げ続ける企業は、長く持ちません。
問題は、
個々の企業ではなく、
経済全体の土台にあります。
デフレという「賃金を上げられない土台」

日本は長い間、デフレの状態にありました。
デフレとは、
物の値段が上がらない、
むしろ下げる圧力が強い状態です。
この状態で、企業はどう行動するか。
材料費は世界相場があり、
簡単には下げられません。
では、どこを削るのか。
削られるのは、
付加価値です。
付加価値と人件費の関係
付加価値とは、
売上から材料費を引いた部分です。
この付加価値の中に含まれる最大の要素が、
人件費です。
値段を上げられない経済では、
付加価値が増えない。
付加価値が増えなければ、
賃金は上げられない。
これが、
日本が「賃金が上がらない国」になった
最もシンプルな構造です。
本来、政府がやるべきだったこと
これは難しい話ではありません。
教科書に書いてある話です。
デフレのとき、
政府がやるべきことは何か。
- 需要を作る
- お金を回す
- 経済全体を「売れる空気」にする
具体的には、
- 公共投資
- 所得を増やす政策
- 減税
こうした政策によって、
企業が「値上げしても売れる」環境を作る。
そうすれば、
付加価値が増え、
賃金も上げられる。
しかし日本は、
長い間その逆、
つまり緊縮的な選択を続けてきました。
緊縮が生んだ悪循環
需要が弱い。
売れない。
値上げできない。
付加価値が増えない。
賃金が上がらない。
その結果、
条件が悪いまま「人手不足」が起きる。
これが、
今の日本で起きている構造です。
外国人労働者問題の正しい位置づけ
だから本来、
外国人労働者の議論はこうあるべきです。
まず、
賃金が上がる経済を作る。
その上で、
それでも足りない部分をどう補うか。
これが正しい順番です。
しかし現実は、
賃金が上がらない構造を放置したまま、
人だけを探し続けている。
これでは、
人手不足は終わりません。
結論:人手不足の正体とは何か
人手不足の正体は、
人の問題ではありません。
経済の問題です。
安い労働力を探し続ける国にするのか。
賃金が上がる国に戻すのか。
その分かれ道に、
日本は立っています。
これは思想の話ではありません。
感情論でもありません。
構造の話であり、処方箋の話です。
あなたは、
どちらの未来を選びますか。


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