新人や若手の先生に、いきなり探究とかPBL、任せてませんか。
これ、本人の努力とかセンスの問題に見えがちですが、違います。
順番の設計ミスです。
探究・PBLは「即興」なので、型がないとほぼ崩れます

音楽で言うと、探究やPBLはジャズです。即興です。
ジャズは、コードもリズムも体に入ってる人がやるから成立します。
授業も同じで、探究・PBLが回る条件は、だいたいこれです。
- 何を学ばせるか(到達点)が固定されている
- 途中で詰まったときの「戻り方(支援の手順)」がある
- 子どもの理解のズレを見抜く観察ポイントがある
- 時間配分が読める(見通しが立つ)
これがないまま自由度の高い授業をやると、何が起きるか。
授業が「再現」ではなく「当たり外れ」になります。
当たり外れになる授業は、改善ができません。
原因が特定できないからです。
若手がしんどくなるのは「能力」ではなく「構造」です
若手の先生って、今まさに「型」を作ってる途中です。
引き出しを増やしている途中です。
その段階で即興を求めると、しんどくなるのは当然です。
ここを「力量不足」で片付けると、現場は壊れます。
壊れるポイントはだいたい決まっていて、
- 班で差が開く(できる子が進め、できない子が消える)
- つまずきが可視化されない(教師から見えない)
- 結果がブレて、手応えが残らない
- 反省しても「何が悪かったか」が言語化できない
つまり、本人の問題じゃなくて、設計の問題です。
認知の反転:「譜面どおりに弾ける授業」が先です

ここ、勘違いしやすいんですが、
探究が悪いんじゃないです。
探究を“先に”やるのが危ないんです。
必要なのはまず、譜面どおりに弾ける授業。
言い換えると、再現できる型です。
型があると何が起きるかというと、
- 子どもの理解が揃いやすい
- 詰まり方が予測できる
- 支援の手順が使える
- 授業改善ができる(次に直せる)
この状態になって初めて、アドリブが意味を持ちます。
「じゃあ探究はやめるの?」への答え:やめません。順番を変えます
結論はこれです。
探究が悪いんじゃない。
順番を若手に丸投げしてるのが問題。
探究・PBLをやるなら、安全設計が要ります。
安全設計は、現場で再現できるレベルに落とすと、これが一番効きます。
代替設計(現場で再現できる1手だけ)
「先に“一人で分かる”時間を作ってから、協働・探究」
これだけです。
- まず短く説明して(譜面)
- まず一人でやらせて(自分の理解を作る)
- そのあと協働・探究(即興を許す)
この順番にすると、若手が詰まるポイントが減ります。
子どもの詰まりも見えます。
探究も、ようやく「学び」になります。
まとめ
探究・PBLは、授業を「ジャズ化」する技術です。
だから順番はこうです。
- まず譜面(再現できる型)
- 次に小さな即興
- 最後に探究・PBL
若手に必要なのは根性論じゃなく、順番の設計です。
🔍 関連概念(ChatGPT調べ:説明欄・脚注向け)
社会的手抜き(Social loafing)/フリーライダー問題:協働の場で参加した感だけが残り、理解の穴が放置されることがある。
認知負荷理論(Sweller など):自由度が高い課題はワーキングメモリを圧迫し、学習が崩れやすい。
スキャフォールディング(Bruner など):支援の足場を用意し、段階的に外すと自立が起きる。
直接指導とガイデッド・インストラクション(Rosenshine など):初心者ほど手順と例示が効果的で、型が学習を加速する。
形成的評価(Black & Wiliam など):途中でズレを可視化できない授業は改善できず、格差が固定されやすい。


コメント